|
|
|
|
|
|
|
| 日 |
月 |
火 |
水 |
木 |
金 |
土 |
| |
|
|
|
|
|
1 |
| 2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
| 9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
15 |
| 16 |
17 |
18 |
19 |
20 |
21 |
22 |
| 23 |
24 |
25 |
26 |
27 |
28 |
29 |
| 30 |
| | | | | |
| 日 |
月 |
火 |
水 |
木 |
金 |
土 |
| |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
| 7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
| 14 |
15 |
16 |
17 |
18 |
19 |
20 |
| 21 |
22 |
23 |
24 |
25 |
26 |
27 |
| 28 |
29 |
30 |
31 |
| | |
|
 |
|
| |
|
| |
「お菓子だいすきどっとこむ」はコンディトライカウベルが、運営しております。
自社のスイーツの製造・販売以外にも自信を持って皆様にお勧めできるスイーツを紹介したくてこのサイトを開設しました。
私ども、カウベルの経歴を簡単にご紹介させていただきます。
 |
|
江戸後期幕末ごろ
|
 |
 |
|
初代が長野県北安曇郡立田村より大町市に移住し登記上の住所にて菓子屋を始める。 立田村よりの出身なので立田屋(りゅうだや)という店名をつけた。 当時貴重品の砂糖を使ったお菓子の消費が伸びると予測し開業したが創業年の正式記録はないため、 戸籍が整備された年を創業の年としている。 |
|
 |
 |
 |
|
明治初期
|
 |
 |
|
数少ない情報を頼りに横浜の来日居住者をお客様としてリンゴジャムを製造販売し 現在の菓子製造業の基礎を作る。明治22年第一回帝国菓子博覧会にも出品している。 当時、地元で消費される和菓子のほか山蕗の砂糖漬け、リンゴの砂糖漬け、氷餅の砂糖がけ など信州の特産物を多く利用した商品を地元以外に販売していた。 |
|
 |
 |
 |
 |
|
大正時代
|
 |
 |
|
アイスクリーム製造も行う。当時は大町市にのれん分けした店が3軒あったので、 現カウベルの前身である店は立田屋本店と呼ばれていた。 |
|
 |
 |
 |
|
昭和期
|
 |
 |
|
第二次世界大戦前は、パンなども製造していたが昭和15年よりの大戦の混乱の折、原材料の不足により2年間休業し昭和17年より菓子製造を再開する。
|
 |
|
昭和26年2月10日、有限会社立田屋本舗設立。
|
 |
|
昭和53年11月、社名を有限会社カウベル立田屋に変更。 列島改造論にて乱開発が進み深山に生育する山蕗が取れなくなったのを機会に、 和菓子主体の商品構成から洋菓子を主体とする構成へ変更した。
|
 |
|
昭和58年より和菓子から洋菓子に切り替え、平成元年、原宏幸が代表取締役に就任。
|
|
 |
 |
 |
|
平成
|
 |
 |
|
平成4年 リーフパイの製造ラインを作り他社ブランド商品の委託製造を始める。
|
 |
|
平成7年 現在の本社工場落成し、それを機会に高級冷凍ケーキの生産を始める。
|
 |
|
平成9年 本社工場を増築する。
|
 |
|
平成17年 資本金を増資し、第1回社債を発行。
|
 |
平成18年大阪事業所(心斎橋店舗・工房)を設立、 東京オフィスを支店登録、本社工場を増設、品川事業所(工場)、蒲田工場を設立。 第2回社債を発行。 平成19年事業拡大のため分社化。社名変更し、(株)コンディトライカウベル運営開始。現在に至る。
|
|
 |
|
|
|
|
|
|